イヤもう寝た方がいいのはわかってるんですけどね。吹奏楽について。
元いた楽団と喧嘩別れして数カ月、いろいろ悩んだり行動を起こしたりしてみた
のですがなかなか思うようにいかなくて。楽団を紹介までしてもらったのに
首を縦に振れなかったり。本当に申し訳なかった。
他に行く楽団も無いし、コンクールに出たいと言うのもあり、元いた楽団に戻れる事が
可能かどうかを今まだそこの楽団でやっている友人に電話で相談したんですよ。
過去の事ばかり気にしててもしょうがないよっていってくれるのですが、
実際楽団に戻るために話をしなければいけない人(つまり楽団の幹部だ)もそういう
考えなのかはまた別の話で。週末くらいに話をするような感じなんですけどね、
時間が空いているもんだからまた一人でああだこうだと考えてしまうのですよ。
売り言葉に買い言葉で随分ひどい事を言ったりもしたり…。そのくせどう言う時に何を
言ったか覚えてなかったりして。人間はパソコンではないから明確な履歴は残ってない
んだ、なんて開き直っても。「自分が人に対してやってやれる事」はけして「人が自分に
対してやってくれる事」ではないのだとか卑屈になってみたり。「ああだこうだ言う人が
いる」と言う事は「ああだこうだ言わせる人がいるんだよ!」なんて言おうもんなら
吹奏楽引退ですよ。もしくは引っ越してやるしかないですよ。だけど、見知らぬ人たちに
かこまれて、ましてやコンクールバンドだったら難しいんですよ、いくらバスクラとか所有
しててもね。そこで今回やってみようと思うのは、思った事をただ口に出すのではなく、
多少誤解されてでも「折れる」って事をしようと思っているんです。多分、話をしている
うちにムカっとする事もあると思うんです。反論したくもなるんだと思います。でも、
そこを和えて折れてみようかと。


 元々ね、楽団員は全員?ってくらい友達と言える存在だったんです。
高校までって同性の友達がほとんどいなくて。中学に至っては連絡のとれる同性ゼロ
ですよ。そんな自分に、たくさんの同性の友達が増える事になったんです。
いつも一緒にいて、なんでも話せました。当時自分は学生で恐ろしくヒマっていうのも
あったんだけど、楽団内でいろんな仕事したりとか。だけど、段々些細な事から
ひっかかっていくようになって。そこから逃げるように大和に引っ越してみたりして。
まあ大和に引っ越したのは他にもやりたい事もあったし、当時は実家に居づらかったり
いろいろあるんですが。最初の営業の仕事は土日祝が完全に休みだったので毎週末沼津に
帰って練習したりしたけど、それでも距離がある分今までと同じようなコミュニケーションが
取れなくなっていって。その次やった仕事はよくて月2回土日休みがあるって感じで
練習回数も減っていき、その分彼等の中にいる時間が減っていって。自分で離れていったくせに
自分がいない時間があるっていうのがもどかしく感じたりもしました。多分「あの頃は
若かった」では済まされない事だったんだろうなあ。
 2年前のコンクールは、確かエスクラをおろされて課題曲・自由曲共にバスクラ
言い渡されたんです。なんか気を使ったようなコメントを添えて、メールで。
確かにエスクラをどこで吹くべきなのかわからない曲でそれは今考えたら理解
できるのですが(確かラプソディアっていう曲だったと思う)。
バスクラはまあ好きなんですけど、エスクラをおろされたと言う感じが自分の存在意義を
否定されているような気がして。この頃から指揮者がまったく僕を見ずに指揮するように
なったんです。「チューバとバスクラだけ」とか合奏でなってもチューバの方しか見てなくて。
後で聞いたら指揮者が僕になんか注意した時に僕は返事もせずため息をついたからって言われた
んですけどまったく覚えがなくて。舌打ちとため息は意図しなくても出てしまうのでただいま
今さらながら矯正中ですごめんなさいその節はって感じで。こっちも見てくれないんだったら
反抗せにゃ、と自主的に吹くのをやめたりとかして。結局当日無断欠席しようと、集合時間に
なってもリハーサルの時間になっても布団の中にいました。結局大遅刻だったんだけど。
この時もさんざんまわりに辞めるだの大会出ないだの言っていたような記憶があります。
 その次の年(つまり去年)はまず演奏会の演出が気に食わなくて文句を言ったりしたんですが
聞いてもらえず。コンクールもエスクラやらしてもらったんだけど「オクターブ下げて吹いたら?」
とかエスクラ奏者としてあるまじき事を言われたりして(下手だからに決まってるけど)
まったくスネたままでして、大会前日に合奏中に脱走したり大会終わって三分後に一人で
電車で帰ったり思い出せば思い出すほどアホな事をしてたんですYO!!!!!!

 彼等と友達だった頃、を取り戻したかった。でも何か言えば言うほど口論になって、
どんどん距離が、溝ができてしまうんです。その結果の行動だったんだろうなあ、と
24歳までの自分を振り返ってそう思うんです。思いっきり間違ってるけど。
おそらく何をしてももう彼等と一番仲が良かった頃には戻れないでしょう。
話を聞けば自分だけがそうじゃなくて、彼等も取り巻く環境が変わっていて、彼等の
中でも昔とは違っているんです。
 最後に彼等と出たコンクールから1年が経過しました。
昔に戻りたいなんて贅沢は言わずに、楽器を吹く場所が欲しいと今は願っています。
どうか週末の話し合いがうまく行きますように。


 といいつつもいろいろひっかかるんだよなあ、パート割りとか。
だいたいね、楽団を辞めた時はクラなんてやってなかったんですよ。
コンクールでちょっと色々あってムカついて、ユーフォに戻っちゃったんだよなあ。
それがまたクラで、なんていったらキレられるよなあ。
 でも、ユーフォなんてもう吹けたもんじゃないしだいたい売っぱらったし。クラリネット
しかないんです。しかもねえ、エスクラやりたいなんて言おうもんならまたイヤな顔される
んだろうなあ。ココを見てる人が吹奏楽を知ってる人ばかりではないので一応説明しとくと
エスクラというのは短いクラリネットで、基本的にキーキーいう楽器なんですね。
音色に勢いがある、と言えば聞こえはいいんですがはっきりいって耳障り系で、
特に人数の少ないバンドでは真っ先に削るべき楽器なのです。それでも行進曲はいいんです
けど、それ以外の曲では必要なかったりするわけで。おまけに楽器の音程は悪いし
自分もヘタクソなんでまったくもっていらないパートで、でもそれが一番好きで。
 ちなみにものすごく人数がいてもいいっていう普通のクラリネットは好きじゃないのよね。
でも楽団としては僕にそこをやって欲しいわけなんです。ここがねじれて論争になった
もんです。
 一方最近買ったバスクラってのは長いクラリネットで、低音域を担うのです。
基本的にどんな編成でも必要になる楽器ですがいつも別の楽団からお手伝いさんを呼んでて
いつもその方に吹いてもらってるんで多分僕はバスクラって言われないかな、と。
そうなった時に普通のクラリネットをやるのか?我慢して?納得して?納得してるの?
って思うんです。

 ああ思いはねじれるばかり。娘がねじれる時。
2時なのでもう寝ます、ぐっさんのTR2がハジマルヨ。